ニューヨークで大規模デモ 世界に飛び火

アメリカ・ニューヨークで1日、政府の経済政策に不満をもつ人々による大規模なデモが起こった。「ウオール街を占拠せよ」というスローガンを掲げたデモ参加者たちは、ブルックリン橋で警官隊と衝突。橋を不法に占拠したとして700人以上が逮捕された。
6日には、首都・ワシントンにもデモが飛び火。参加者らは、“貧富の差”の拡大を批判する一方、政府の雇用政策にも強い不満を訴えた。オバマ大統領は緊急会見で、「経済状況にいらだちを感じているのだろう」と、デモへの理解を示した上で、議会に対して新たな雇用対策法案の早期成立を迫った。しかし、高い失業率が続く中、デモは収まる気配を見せず、15日には世界各地にデモが呼びかけられた。
海外では債務問題を抱えるイタリアで、デモ隊が「政治家や金融関係者が世界経済を台無しにした」と政府に抗議。海外メディアによれば、一部が暴徒化し、放火や投石により70人以上が重軽傷を負ったと伝えられた。また、小規模ながら日本や韓国でもデモが行われ、東京では経済格差の是正とともに反原発、ソウルでは授業料の値下げなどが訴えられた。

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アメリカの20〜24歳の失業率は14.8%に達している

「Occupy wall Street(ウオール街を占拠せよ)」をスローガンに、ニューヨークから始まったデモ。参加者には20代前半の若者も多く、「大学を卒業しても仕事がない」「お金がないから学校へ行けない」など、高い失業率や経済格差に対しての不満の声があがった。デモが始まった当時(7月〜9月)のアメリカの失業率は3か月連続で9.1%という高い数値で推移。20歳から24歳までの失業率は、14.8%にも達していた。
今回のデモでは“ウオール街を取り囲む”という行動に象徴されるように、世界経済を支配している金融・銀行界に対しても強い抗議の意味があると言われている。12日のデモでは、参加者たちが、“メディア王”と言われるマードック氏の自宅など、会社経営者の自宅周辺を練り歩き、「金持ちはもっと税金を納めるべきだ」と訴えた。ニューヨークからはじまって、ワシントン、オークランド、さらには海外に飛び火したデモは、多くの逮捕者が出た後も、アメリカ国内では収束する気配を見せていない。多くの人が失業に苦しむ中で、一部の富裕層だけが優遇されるような政策や、長引くテロ戦争で戦費がかさむアメリカの現状、そして、オバマ大統領と議会の対立により雇用対策がすすまないこともデモが長期化する原因と言われている。

米アップルのスティーブ・ジョブズ前CEOが死去

アメリカ・アップル社のスティーブ・ジョブズ前CEO(最高経営責任者)が5日、56歳で亡くなった。
ジョブズ氏は、アップル社のCEOとして、スマートフォン「iPhone」や携帯型の多機能端末「iPad」などを次々と生み出していたが、2004年にすい臓ガンの診断を受け、2011年8月にはCEOの座を退いていた。訃報(ふほう)のニュースが流れると、ニューヨークのアップルストア前には、多くの市民が訪れ、店の前に花を手向けたり、ロウソクを灯したりするなどしてジョブズ氏を追悼。オバマ大統領は声明を発表し、「(ジョブズ氏は)人類史上まれな功績を残した。我々の見方を変えた。アメリカで最も偉大な革新者の一人だ」とたたえた上で、その死を悼んだ。

米アップルのスティーブ・ジョブズ前CEOが死去
米アップルのスティーブ・ジョブズ前CEOが死去

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「世界を変えた」と言われるジョブズ氏の功績

日本でも大きな衝撃をもって受け止められたアップル創業者・スティーブ・ジョブズ氏の訃報。日本では、携帯型音楽プレーヤー「iPod」やスマートフォン「iPhone」などの人気製品のヒットとともに広く知られるようになったが、そのルーツとなったアップルの創業は35年前(1976年)にさかのぼる。自宅のガレージで友人とアップル社を立ち上げたジョブズ氏は、当時では画期的だった家庭用パソコンの「AppleU」、そして1980年代に大ヒットとなった「Macintosh」を発表。一般の人々にとって遠い存在だったコンピューターを身近なものへと変えていった。
ジョブズ氏は、社内での権力闘争により、アップル社を去った時期もあったが、復帰後にはCEOに就任。アップル社の売り上げが伸び悩む中、1998年にはディスプレー一体型のデスクトップ機「iMac」を発表した。低価格でコンパクト、かつ、曲線を生かした斬新なデザインで注目を浴び、家庭用パソコンとして大ヒット商品となった。さらに2001年には、“1000曲をポケットに”をキャッチフレーズに、携帯型音楽プレーヤー「iPod」を発売。ジョブズ氏は、自らが切りひらいた家庭用コンピューターの世界だけでなく、携帯型端末の世界へも積極的に乗り出し、やがてそれが「iPhone」や「iPad」での大成功を生み出す布石となった。また、新作発表の際、ジョブズ氏本人が、商品のコンセプトをわかりやすく、そして巧みに訴求するプレゼンテーションは、世界の経営者にも大きな影響を与えることになった。
ジョブズ氏は2005年、アメリカ・スタンフォード大学の卒業生に贈ったスピーチでこう述べたと言われている。「外部からの期待、己のプライド、屈辱や挫折への恐れ…これらは我々が死んだ瞬間にすべて消え去り、本当に大切なものだけが残る。自分もいつかは死ぬと思えば、何かを失うのではという不安もなくなる」「STAY HUNGRY,STAY FOOLISH.(どん欲であれ、愚かであれ)」…天才の“DNA”をアップル社が今後どのように引き継いでいくかが注目されている。

タイ全土で洪水 日系企業の工場も被害に

10月、タイでは夏から続いた大雨の影響で広い地域で洪水が起こり、首都・バンコクや世界遺産で有名なアユタヤなどが浸水。日系企業の工場が操業停止に追い込まれるなど、日本経済にも大きな影響を及ぼした。
タイが位置するインドシナ半島では、夏から秋にかけて、平年の約1.5倍にあたる降雨量を記録。バンコクの北約100キロに位置するアユタヤでは、街が数キロメートルにわたって浸水し、世界遺産の遺跡や寺院にも被害が出た。この後、洪水は、首都・バンコクにも押し寄せ、浸水域は徐々に拡大。現地で暮らす日本人が一時帰国するニュースも伝えられた。
タイ有数の観光地であると同時に、同国製造工場の一大中心地でもあるアユタヤには、トヨタやホンダ、ニコンをはじめとする300社以上の日系企業の工場があったが、浸水により多くが操業停止となった。また、タイで生産している部品が不足することで、日本国内や海外にある工場で生産調整などの影響も出た。
これを受けて、日本政府は、現地の日系企業で働くタイ人労働者を一時的に日本に受け入れる方針を決定。藤村官房長官は、「企業の製造・流通ルート、いわゆるサプライチェーンを維持するため、日本での代替生産を政府として後押しする措置だ」と説明した。

タイ全土で洪水 日系企業の工場も被害に
タイ全土で洪水 日系企業の工場も被害に
タイ全土で洪水 日系企業の工場も被害に

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タイ独特の洪水は、チャオプラヤ川の地形に起因している

数週間に渡ってじわじわと浸水が拡大していったタイ・バンコクの洪水。テレビでは、現地の人々ののんびりとした避難行動や、低く積み上げた土のうで浸水を防ぐ様子など、一般的な洪水のイメージとは異なる穏やかな映像が伝えられた。
このゆっくりとした浸水の理由は、バンコク中心部を流れるチャオプラヤ川の傾斜が非常に緩やかなことに起因する。もともと、チャオプラヤ川流域は、広大な湿地帯がひろがっている上、傾斜のせいで水の流れも遅い。そのため洪水が発生した場合、浸水はゆっくりとすすむが、その一方で、浸水してしまうとなかなか収束しなくなる。また、河口部の潮位にも影響を受けやすいため、一度引いたように見えた水位が、満潮時には再び上昇することもたびたび起こる。日本の国交省の分析によれば、アユタヤを含む周囲のエリアでは、11月末まで浸水が残る可能性もあるとみられている。

東京・世田谷区で「放射性ラジウム」が相次いで見つかる

東京・世田谷区の住宅街で12日、1時間あたり2.7マイクロシーベルトを超える高い放射線量が検出された。当初、福島第一原発事故により放出された放射性物質との因果関係も懸念されたが、原因は民家の床下に埋められていた「放射性ラジウム」であることが判明。文科省によれば、民家の床下から回収された瓶から白い粉末状の物質が見つかり、その物質を分析したところ、時計の夜行塗料や医療器具などに使われる「ラジウム226」であることがわかった。
また、28日には、世田谷区八幡山のスーパーの敷地内の複数か所から、最大で1時間あたり100マイクロシーベルトを超える高い放射線量が検出された。現場はアスファルトに覆われ、放射性物質に汚染された雨水や土がたまるような場所ではないことから、原発事故由来でないと推測されていた。結局、この場所からも住宅街で見つかったものと同じ「ラジウム226」が発見された。

東京・世田谷区で「放射性ラジウム」が相次いで見つかる
世田谷の高放射線量、民家床下からラジウム

世田谷の高放射線量、民家床下からラジウム
「日テレNEWS24」より

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ラジウム226とは?

「ラジウム226」は、天然に存在する放射性物質のひとつ。原発事故で放出された「ヨウ素131」や「セシウム137」などと同様、ガンマ線を放出するが、ガンの治療や、製品を壊さずに検査をする非破壊検査などの“放射線源”として用いられている。また、蛍光物質を発光させる性質を利用し、暗い場所で光る文字盤用の夜光塗料として利用されてきたこともあった。世田谷区の民家の床下で見つかったラジウムの瓶には、塗料の製造会社と見られる名前や、筆のようなものが同梱されていたことから、夜光塗料として使われていたものではないかと推測されている。

千葉・東京でもホットスポットが見つかっている

世田谷の「放射性ラジウム」が発見された背景には、福島第一原発事故以降、関東でも高い放射線量が検出される場所、いわゆる“ホットスポット”や “マイクロスポット”が次々と見つかっているという問題がある。原発事故由来の汚染が見つかった場所では、現場の土を運び出したり、側溝部を高圧洗浄機で洗い流したりするなどの除染が行われた。
国は10日、原発事故後の被ばく線量が1ミリシーベルトを超える地域を除染の対象にすると発表。1年間で1ミリシーベルトに達する地域については、1時間あたりの空間線量が0.23マイクロシーベルトを超える場所としている(※)

※ホットスポットが問題となった場所
■12日 千葉・船橋市
市内の公園から5・8マイクロシーベルト(1時間あたりの線量、以下同じ)
■18日 東京・足立区
小学校の雨どいの下から3.9マイクロシーベルト
■21日 千葉・柏市
空き地から57.5マイクロシーベルト
※原因は壊れた側溝から漏れた雨水がたまったことによるもの(文科省発表)
■24日 埼玉県
県内高校の雨水が流れ込む場所から3.7マイクロシーベルト
■25日 千葉・我孫子市
小学校の側溝から11.3マイクロシーベルト

(※)1時間あたりの空間線量が0.23マイクロシーベルトである場合、年間に換算すると、0.23×24(時間)×365(日)=約2ミリシーベルトとなり(1000マイクロシーベルト=1ミリシーベルト)、1ミリシーベルトの約2倍となる。国の計算方法は、事故前から存在する自然放射線量をマイナスし、かつ1日のうち、屋外で8時間、屋内(屋外の放射線量の0.4倍で計算)で16時間過ごすという前提の元に算出されている。

リビア・カダフィ大佐が死亡

リビア・カダフィ大佐が20日、死亡した。
リビアでは8月、反政府勢力が首都・トリポリにあるカダフィ大佐の拠点を制圧。カダフィ政権は崩壊したものの、大佐自身の行方はわからないままとなっていた。カダフィ大佐は、トリポリから南へ150キロの町・バニワリドに潜んでいるとの憶測もあったが、見つかったのは、トリポリから東へ約400キロ離れた大佐の故郷でもあるシルト。ロイター通信は、反体制派の話として、カダフィ大佐は追いつめられた末に、シルト近くの幹線道路の下にある配水管に逃げ込んだところを兵士らに引きずり出されたと伝えた。リビアの反体制派で作る「国民評議会」によれば、カダフィ大佐は銃撃戦によって死亡したと発表されたが、身柄を拘束され、生きたまま暴行される大佐の映像が海外メディアによって報じられるなど、その死については謎を残したままとなった。
カダフィ大佐の遺体は、一般市民に公開された後、砂漠地帯に埋葬された。その場所については、カダフィ大佐を支持する勢力の“聖地”となることを避けるために非公開とされた。


※2011年4月のニュースも参照!
【NATO カダフィ政権への軍事作戦は長期化へ】
※2011年8月のニュースも参照!
【リビア・カダフィ政権が崩壊】
リビア・カダフィ大佐が死亡
リビア・カダフィ大佐が死亡
リビア・カダフィ大佐が死亡

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カダフィ政権崩壊後のリビアのあゆみ

新生リビアの象徴的なスタートとして、クローズアップされがちな独裁者の死…しかし、リビアでは反政府勢力がトリポリを制圧した8月以降、新しい国づくりに向けた動きはすでに始まっていた。長い強権政治のもと、民主主義の土壌や経験が全くないリビアで、今後どのようなシステム作りが行われていくかが注目されている。

■8月23日
反政府勢力が首都・トリポリを制圧。カダフィ政権崩壊
■9月1日
フランスでリビア復興を支援する国際会議が開催。各国は、人道支援目的として、カダフィ大佐の資産のうち約150億ドル(日本円で、約1兆1500億円)の凍結を解除する方針で一致
■9月16日
仏・サルコジ大統領と英・キャメロン首相がトリポリを電撃訪問。リビアの復興計画や豊富な石油権益獲得をめぐる動きが活発化
■9月16日
国連総会、反カダフィ派の「国民評議会」を正式にリビアの代表として認める
■9月20日
カダフィ大佐、シルトで死亡
■9月23日
国民評議会・アブドルジャリル議長、リビア全土の解放を宣言。8か月以内に憲法を制定するための議会の選挙を実施するとの考えを示す
■9月24日
NYの国連総会で、国民評議会の暫定首相・ジブリル氏は「国際社会から取り残されてきた状況を克服し、民主主義を目指したい」と演説
■10月31日
NATO(北大西洋条約機構)、リビアでの軍事行動を全面的に終了
■11月23日
キーブ暫定首相を中心とする暫定政府が発足

世界の人口が70億人を突破

国連人口基金は、31日で世界の人口が70億人を突破したと発表した。
国連は、人口70億人達成を記念して、10月31日に生まれた世界中の赤ちゃんすべてを「70億人目の1人」に認定。日本では、推計で3000人の赤ちゃんが誕生し、国連人口基金の東京事務局は、家族の申請があれば「70億人目の認定書」を発行すると発表した。

世界の人口が70億人を突破

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世界の急激な人口増加は、多くの問題も生み出している

西暦元年(約2000年前)は、3億人ほどだった世界の人口。1600年ごろまでは、社会情勢や災害、疫病などの影響で、わずかな増減を繰り返すだけだったが、1700年半ばの産業革命以降、急激な人口増加が起こった。飛躍的に向上した生産力を背景に、世界の人口は1800年には10億人、1950年には25億人、そして2011年には70億人を突破。国連人口基金によれば、2083年には100億人に達すると見られている。
国連の各機関は、急激な人口増加により、今後、世界が抱えることになる課題を指摘している。たとえば、そのひとつが「食糧問題」。国連食糧農業機関は、2050年には、世界の食糧生産を現在の1.7倍にまで増やさないと、必要な食糧をまかなえないとの試算を出している。また、約30億人が水不足に陥る可能性や、二酸化炭素排出量増大にともなう地球温暖化問題なども懸念されている。